バイク買取一括査定 > バイクレースに関するアラカルト・レーサーその1

バイクレースに関するアラカルト

レーサーその1

1)加藤大治郎

加藤大治郎は、1976年7月4日生まれのロードレースレーサー。2003年、鈴鹿サーキットでのレースでスポンジバリアに激突し、同年4月20日に死亡。
大治郎がバイクを始めたのは3歳の時で、きっかけは両親からポケットバイクをプレゼントされたこと。以来、サーキット秋ヶ瀬で練習を重ね、11歳にはミニバイクレースにステップアップしました。16歳になると、二輪免許及びロードレースライセンスを取得し、ホンダ系のレーシングチームに加入。九州選手権、関東選手権、鈴鹿選手権などのレースで勝利を重ね、1997年には、全日本チャンピオンにも輝きました。
2000年、大治郎はイタリアのグレシーニレーシングに加入し、ロードレース世界選手権GP250にフル参戦。この年、もてぎで行われたパシフィックGPでの中野真矢とのレースは名勝負としてファンの間に知られています。翌2001年には11勝をあげますが、これはGP250クラスの年間最多勝記録に並ぶものでした。この功績から2002年に「スポーツ功労者顕彰」を贈られています。
2002年には、MotoGPクラスにステップアップ。しかし、この年に優勝することはできず、オフの間には肉体改造に励みました。期待されていた2003年、事故死。彼がつけていたゼッケン「74」は、永久欠番となっています。
イタリアのチームに加入していたことから、イタリアでの知名度も高く、イタリアのミサノ市では大治郎の功績をたたえた「加藤大二郎通り(Via Daijiro Kato)」も存在します。

2)黒山健一

黒山健一は、バイクのトライアル競技のライダー。1978年7月24日生まれ。父親の黒山一郎も、元全日本トライアル選手権のチャンピオンです。幼少期は、自転車トライアルを行っていました。自転車トライアルでは1987年に世界選手権の10歳以下クラスでチャンピオンに輝いています。
バイクのトライアルにデビューしたのは、1993年のこと。最初は下から2番目のジュニアクラスからスタートしたましたが、同年のうちに一番上の国際A級にまで昇格。翌1994年には全日本トライアル選手権国際A級ランキングで2位を獲得しました。1995年には、トライアル世界選手権ランキングで4位。1997年に、順位を3位にまで上げます。この年黒山は2勝をあげて、日本人初のトライアル世界選手権で優勝しました。世界を舞台にした活躍は、この年以降も国別対抗のトライアル大会、トライアル・デ・ナシオンに日本代表として出場し、3位などの成績をあげています。
国内では2002年以降、毎年、全日本トライアル選手権国際A級スーパークラスでチャンピオンとなっています(2007年現在)。

3)小山知良

小山知良は、ロードレースライダー。1983年3月19日生まれ。「コヤマックス」の愛称で親しまれています。
バイクに乗り始めたのは3歳の時で、最初はポケバイに乗っていて、11歳の時には全日本ポケバイチャンピオンにもなりました。その後、中学生でミニバイクに転向、1999年にはヤマハ系のチームに加入し同年デビューを果たしました。デビュー翌年、2000年には全日本ロードレース選手権GP125のチャンピオンに。このときの年齢は史上最年少でした。同時にルーキー・オブ・ザ・イヤーも獲得しました。2001年からは、GP250に転向。この年のランキングは4位でしたが、その後毎年3位、2位。しかし、2004年には再びGP125に転向しました。
2005年になると、ロードレース世界選手権GP125に参戦。ランキング8位及びルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。2007年は、KTMワークスチームに移籍し、ロードレース世界選手権第7戦のカタルニアGPでは初優勝しました。

4)関口太郎

関口太郎は、ロードレースのライダー。1975年12月5日生まれ。中学1年生からミニバイクレースに参戦していましたが、16歳以降は免許を取得しロードレースに参戦しています。2001年に全日本ロードレースGP250でチャンピオンを獲得し、翌2002年からロードレース世界選手権に参戦。2003年には、ロードレースヨーロッパ選手権GP250に参戦し、8戦全勝でチャンピオンを獲得しました。
2005年、カンペテッラレーシングに移籍。しかし、開幕直前に大口のスポンサーと連絡が取れなくなり、スポンサーがいなくなるというハプニングが。自分自身のサイトから個人スポンサーを募集。このとき巨大掲示板「2ちゃんねる」の有志をはじめとして、多くの個人スポンサーが資金を提供しました。一部スポーツ新聞は、このエピソードから「単車男」という名称を彼につけています。この個人スポンサー企画は、2006年、2007年と継続され、応援CDの著作権料収入やオリジナルグッズ展開の収入などを資金に充てるなどの活動が行われました。

5)高橋国光

高橋国光は、レーシングライダー・レーシングドライバー。生まれたのは1940年1月29日。二輪と四輪合わせて、出場したレースは489レース。通算71勝をあげて、日本のモータースポーツ界では重要な存在の人物です。
二輪でレースに参加したのは1958年から。1960年からはロードレース世界選手権に出場し、翌年には西ドイツGP(当時)で優勝しますが、これはロードレース世界選手権における日本人初の優勝でした。
1962年、クラスをGP125に移して再び世界選手権に参戦。しかし、第3戦のマン島TTレースで事故を起こし、一時は意識不明の重体に。事故から回復したものの、その後は二輪レースでは成績が振るわず、1964年に四輪に転向。1999年にレーシングドライバーを引退し、引退後は四輪のレーシングチーム「チーム国光」の監督としてレースに参加しています。二輪についても、二輪のアマチュアレース「もて耐」の第1回目(1998年)に参加するなどの活動を行っています。他にも、イベントなどでヒストリックマシンを走らせることもあります。

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