バイク買取一括査定 > バイクレースに関するアラカルト・レーサーその2

バイクレースに関するアラカルト

レーサーその2

6)ステファン・エバーツ

ステファン・エバーツは、1972年生まれのベルギー人モトクロスライダー。モトクロスはオフロードのコースで争われるレースですが、エバーツはスタンディングを使った走行を特徴としていて、この走行方法は俗に「エバーツ乗り」と呼ばれています。
ステファン・エバーツの父親も、モトクロスライダーで、名前はハリー・エバーツ。モトクロス世界選手権で4回チャンピオンになったライダーです。その父親から3歳の時にバイクをプレゼントされ、それをきっかけにオートバイを始めました。1982年、10歳の時に初めてレースに参戦し、1988年にベルギー選手権にデビュー。ジュニアクラスでチャンピオンになりました。1991年、モトクロス世界選手権でチャンピオン獲得。125ccクラスでは史上最年少での獲得でした。
1999年以降は、レースでの転倒・負傷が相次ぎ、2シーズンほどレースから離れました。しかし、2001年にリナルディから参戦し、開幕戦をはじめとする7つのレースで優勝し、チャンピオンに。その後もリナルディから参戦を続け、2006年にいたる6年もの間連続してチャンピオンを獲得。2007年以降は現役を引退しています。
モトクロス世界選手権の3つのクラスすべてに参加し、タイトルを獲得。モトクロスの国別対抗戦にも、ベルギー代表として14回出場しています。そのすべてのレースで、ベルギーは表彰台に立っています。

7)バリー・シーン

バリー・シーンは、イギリス出身のロードレースのレーサー。1950年9月11日に生まれ、2003年3月10日に死去。ロードレース選手権では23勝し、MotoGP殿堂入りも果たしています。
ロードレースのデビューは1968年、翌年にはロードレースイギリス選手権125ccでチャンピオンに。1970年からはロードレース世界選手権にも参戦し、1976年、1977年にはロードレース世界選手権GP500でチャンピオンを獲得しています。これ以降、ロードレース世界選手権においてはイギリス人の世界タイトル獲得者は出ていません。この実績により、イギリス王室より大英帝国勲章を授与されています。
バリー・シーンのトレードマークは、ゼッケン7とヘルメットにつけていたドナルドダックでした。ブリティッシュスーパーバイクにおいては、彼のゼッケン番号「7」は永久欠番となっています。イギリスの知名度は高く、これは彼の実績もさることながらモーターサイクルレースの魅力を広く知らしめようと、ファンやマスコミに対して積極的にアピールしていたことにも理由があります。

8)ケーシー・ストーナー

ケーシー・ストーナーはオーストラリア出身のロードレースのレーサー。1985年10月16日生まれ。レースに初めて参加したのは、4歳の時。参加したのは、ダートトラックレースでした。6歳でオーストラリアタイトルを獲得。14歳でヨーロッパに移住し、2000年(15歳)でイギリスとスペインのロードレース選手権に参戦。2001年には両方の選手権で年間ランキング2位になり、2002年にはロードレース世界選手権GP250に参戦しました。
2003年、ロードレース世界選手権GP125にエントリー。最終戦のバレンシアGPにて初優勝を飾ります。2005年にはGP250に、さらに2006年にはMotoGPに転向。2007年には、ロードレース世界選手権MotoGP年間王者にも輝きました。この間、ケーシー・ストーナーはいくつかの記録を作っています。2006年4月8日、カタールGPでのことです。これはMotoGPクラス参戦2戦目に当たるレースでしたが、このとき彼はポールポジションを獲得。デビュー2戦目でのポールポジション獲得は、史上2番目の最短記録でした。また、当時の彼の年齢20歳173日は、ポールポジション獲得年齢としては、史上2番目に若い記録でもありました。さらに、2007年に獲得したMotoGP年間王者獲得時、彼は21歳11か月でした。これは、史上2番目の若さでの獲得となります。

9)マイク・ヘイルウッド

マイク・ヘイルウッドは、イギリス人ライダー。1940年4月2日に生まれ、1981年3月23日に亡くなりました。「マイク・ザ・バイク」という名称でも呼ばれていました。
活躍したのは1950年代~1960年代で、ロードレース世界選手権では9回タイトルを獲得しています。特に500ccクラスのタイトルを獲得した1962年には、22歳でのチャンピオン獲得という当時の最年少記録を打ち立てました。500ccのほかにも、250cc、350ccと3つのクラスで優勝。なお、3つのクラスで優勝を経験したライダーは、2007年現在、ヘイルウッドのほかにはフィル・リードとバレンティーノ・ロッシの3人しかいません。マン島TTレースにも参加し、12勝をあげています。
その後、1970年代になると四輪に転向。中堅ドライバーとして評価されていました、1974年に事故で負傷し、4輪レースを引退。1978年には、マン島TTレースで2輪レースに復帰しました。このレースでは、コースレコードを出して優勝しています。翌年も再びマン島TTレースに参加し優勝。しかし他のレースで事故を起こしたのをきっかけに2輪のレースからも引退しました。

10)バレンティーノ・ロッシ

バレンティーノ・ロッシはイタリア人のロードレースライダー。1979年2月16日生まれ。ファンには「バーレ」「ザ・ドクター」などと呼ばれています。また、自分で自分に「ろっしふみ」という愛称をつけてもいますが、これは自分の名前と尊敬するライダー、故阿部典史(あべのりふみ)の名前を合わせたものです。
ロードレース世界選手権にデビューしたのは1996年。クラスはGP125でした。チェコGPで初優勝を遂げ、翌1997年にはチャンピオンを獲得しています。1998年、GP250に転向。この年の成績はランキング2位で、翌年にはチャンピオンを獲得しました。2000年からは、ホンダに移籍し、参加レースも500ccクラスにステップアップ。2001年にはチャンピオンを獲得。2002年、2003年にもチャンピオンを獲得しました。2004年にはヤマハに移籍しますがその後も連勝を続け、2005年まで5年連続でチャンピオンの栄冠を手にしています。
以上のようにロッシは、ロードレース世界選手権に参戦後11年間で7回、チャンピオンを獲得しています。この実績から「史上最強のライダー」と呼ばれることもあります。

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